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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)934号 判決

原告

橋本和久

ほか一名

被告

弓場紘爾

主文

一  被告は原告橋本和久に対し、七一万〇八八六円及びこれに対する昭和六〇年二月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告橋本和久のその余の請求及び原告橋本るり子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告橋本和久に対し、一一六万六一九〇円、同橋本るり子に対し三三万円及びこれらに対する昭和六〇年二月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金具を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

次のとおり、本件事故が発生した。

(一) 日時 昭和六〇年二月六日午後二時頃

(二) 場所 高槻市群家本町三二番二号先市道上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(登録番号、長崎五六せ五八三九号)

(四) 態様 被告は、加害車両を運転して本件事故現場付近に差し掛かつた際、折からバス待ちのため同所にいた原告橋本和久(以下、「原告和久」という。)に自車を衝突させた。

(五) 受傷 原告和久は、本件事故により、右下腿開放性骨折の傷害を負つた。

2  責任原因

被告は、本件事故当時加害車両を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告らの被つた後記3の損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 治療経過

原告和久は、本件事故により前記のとおりの傷害を負い、同日みどりケ丘病院で診療を受けたほか高槻病院において次のとおりの入・通院治療を受けた。

(1) 昭和六〇年二月六日から同年三月二〇日まで入院

(入院日数四三日)

(2) 同日二一日から同年五月一七日まで通院

(実通院日数三日)

(二) 原告和久の損害

(1) 治療費

原告和久の前記各病院での入・通院治療費は、合計二八万〇五三〇円である。

(2) 入院雑費

原告和久が前記入院期間中に支出した雑費の合計額は、六万円である。

(3) 入・通院付添費

原告和久は本件事故当時五歳の幼児であつたところ、前記入院期間中付添看護を要し、医師から近親者による二四時間の付添いの要請があつたため、昼間は母である原告るり子が、夜間は同女と原告和久の父とがほぼ交互に、それぞれ付添看護を行い、更に前記通院の際にも同様に両親のいずれかが付添つた。右付添費の合計額は、二五万円である。

(4) 入・通院交通費

前記入・通院期間中原告和久の付添いのために両親らが要した交通費及び原告和久の通院交通費は、合計三万六一九〇円である。

(5) 慰藉料

本件事故による受傷によつて原告和久が受けた肉体的・精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額としては七〇万円が相当である。

(6) 弁護士費用

原告和久法定代理人らは、同原告にかかる本件訴訟の提起及び追行を同原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として一二万円を支払うことを約した。

(三) 原告るり子の損害

(1) 慰藉料

原告るり子は、前記のとおり原告和久の入院中昼夜をわかたず付添看護を行つたが、当時妊娠六カ月から七カ月にさしかかつた頃であり、右付添看護による過労や心労等のため静脈瘤が出現して通常出産が困難となり、その結果帝王切開による出産を余儀なくされた。これらの事情に鑑みれば、同原告が本件事故によつて受けた肉体的・精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額としては三〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用

原告るり子は、同原告にかかる本件訴訟の提起及び追行を同原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として三万円を支払うことを約した。

よつて、原告和久は被告に対し、右の3の(二)の(1)ないし(6)の合計一一六万六一九〇円及びこれに対し、右3の(二)の(1)ないし(6)の合計一一六万六一九〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年二月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告るり子は被告に対し、右3の(三)の(1)及び(2)の合計三三万円及びこれに対する右同様の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実(但し原告和久がバス待ちのため本件事故現場付近にいたとの点は除く。)は認める。後記のとおり、原告和久は本件市道上に突然小走りに出てきたものである。

2  同2の事実は認める。

3  同3の各事実のうち、(一)の原告和久がその主張の各病院で治療を受けた点及び(二)(1)については認めるが、その余は知らない。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、それまで本件市道の(西側に沿った)歩道上にいた原告和久が、右道路から東側に伸びる里道に母親の姿を認めたらしく、被告運転の加害車両がその五メートル手前まで接近した際突然左右の安全を確認することなく小走りに本件市道を横断し始め、加害車両の進路直前に出てきたために発生したものであり、同原告を含む二人の幼児の傍らには付添いと思われる女性もいたのであるから、本件事故の発生については被害者側にも重大な過失があるというべきである。従つて、損害賠償額の算定にあたつては、この過失を斟酌して大幅な減額がなされるべきである。

2  損害の填補

本件事故による損害については、被告から治療費として二八万〇五三〇円、付添看護料の一部として四万六四四〇円(以下合計三二万六九七〇円)の各支払がなされている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、原告和久が本件道路の東側の里道に母親の姿を認めたらしいとの点及び同原告が突然左右の安全を確認することなく小走りに道路を横断し始めたために本件事故が発生したとの点は否認する。原告和久の母である同るり子が現場に到着したのは本件事故後しばらくしてからであり、原告和久が事故直前にいた場所から右里道の見通しはせいぜい三〇ないし四〇メートル位であるから、同原告が同るり子の姿を認めるはずはなく、従つて突然市道上に走り出したとも考えがたい。

2  抗弁2の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生及び責任原因

請求原因1及び2の各事実(但し、原告和久がバス待ちのため本件事故現場付近にいたとの点は除く。)は当事者間に争いがない。

二  原告和久の損害

1  治療経過

原告和久がその主張の各病院で治療を受けたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第一号証の八及び九によれば請求原因3(一)のその余の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

2  治療費

請求原因3(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。

3  入院雑費

原告和久が高槻病院において四三日間入院したことは前記のとおりであるところ、本件事故当時入院一日あたりに要する雑費は、経験則上少なくとも一一〇〇円を下らないと認められるから、その合計額は四万七三〇〇円となる。

(計算式)

1,100×43=47,300

4  入・通院付添費

前掲乙第一号証の八及び原告るり子本人尋問の結果によれば、請求原因3(二)(3)の事実(但し、付添費の全額の点を除く。)を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はないところ、右尋問の結果、弁論の全趣旨及び経験則によれば、本件事故当時近親者の付添看護に必要な費用は、入院一日あたり四〇〇〇円、通院一日あたり一五〇〇円を下らないと認められるから、その合計額は一七万六五〇〇円となる。

5  入・通院交通費

原告和久が高槻病院へ三日間通院したことは前記のとおりであるところ、原告るり子本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第三号証によれば、原告和久は母または父の付添のもとに右病院までタクシーで通院し(前記認定の原告和久の年齢、受傷の部位・程度に照らしてタクシーによる通院はやむを得ないものと認められる。)その料金は一日往復一八三〇円であつたことが認められるから、右通院交通費の合計額は五四九〇円となる。

なお、原告和久は、前記入院期間中に両親のいずれかの付添いを受け、そのために両親らが病院への往復に要した交通費を損害として主張しているが、両親らが支出した右交通費については前記4の入院付添費の一部として計上済みである。

6  慰藉料

本件事故の態様、原告和久の受傷の部位・程度、治療経過、その他付添による家族の犠牲の程度など証拠上認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告和久が本件事故によつて受けた精神的・肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は七〇万円とするのが相当である。

三  過失相殺

成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証の五、証人沢井りえの証言、原告るり子及び被告各本人尋問の結果を総合すると以下の事実を認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

本件事故現場は、南北に通じる幅員一〇・八メートル両側二車線(北行車線幅員四・五メートル)の本件市道と西側に伸びる幅員三・六メートルの道路(以下、「西側道路」という。)及びやや南寄りの地点から東側に伸びる幅員三メートルの里道とが交差するアスフアルト舗装の道路上であり、同所に信号機はなく、右市道は公安委員会によつて最高速度毎時三〇キロメートルと指定されていた。右現場周辺は住宅街であり、本件市道の北行車線に沿つて幅員二・六メートルの歩道が設置されており、右歩道と車道との境界には一部ガードレールも設けられていた。原告和久は、本件事故現場付近で幼稚園のスクールバスから下車したが、同原告の親権者である原告るり子が未だ迎えにきていなかつたため、他の園児及びその母親とともに右歩道の延長上に当たる西側道路上でこれを待つていたところ、右園児の母が目を離した隙に本件市道上に出て行つたために本件事故に遭遇した。被告は加害車両を運転し、本件市道の北行き車線を時速三〇ないし四〇キロメートル程度の速度で北進走行してきたところ、その左前方一八・八五メートル付近で本件市道側を向いて落ち着かないそぶりの原告和久を認めたが、クラクシヨンを鳴らしたり、減速するなどの措置を講じることなく漫然と六・五五メートルまで接近し、折から本件市道に出て来つつあつた原告和久を認めて急制動の措置を取つたが間に合わず、同原告を加害車両の左側面に衝突させたものである。

もつとも、被告は、原告和久が里道から自転車に乗つて迎えに来た母親の姿を認めたらしく、被告の進路直前五メートルに至つて突然小走りに飛び出して来た旨主張し、被告本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分も存するが、右沢井りえの証言及び原告るり子本人尋問の結果によれば、原告るり子が本件事故現場に到着したのは、本件事故発生後原告和久が救助され、加害車両に乗せられた後であること、原告るり子は本件事故の発生を目撃していないこと、西側道路から里道への見通しは必ずしも良くないことなどの事実が認められ、これらの事実に照らすと、被告の右供述部分は俄かに措信しがたく、従つて被告の右主張もまた採用できない。

右認定の事実によれば、原告和久が前方の安全を確認することなく本件市道上に出て行つた落度が本件事故の発生に寄与したことは否定できないところ、同原告が本件事故当時満五歳の幼児であつたことは前記のとおりであつて、事理を弁識するに足りる知能を具えていたかどうかは必ずしも明らかとはいえないが、仮に右能力を具えていなかつたとしても、同原告の親権者に監督上の落度があつたものというべきであるから、いずれにせよ同原告の損害額の算定に際しては、この過失を斟酌してその二割を減じるのが相当である。

四  損害の填補

原告和久が被告から治療費及び付添看護料の一部として合計三二万六九七〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

五  弁護士費用

原告和久の法定代理人らが同原告訴訟代理人に同原告にかかる本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬の支払を約したことは、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができるところ、本件事案の内容、請求額、認容額その他諸般の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係に立つ損害として原告和久が被告に請求し得る弁護士費用の額は、七万円とするのが相当である。

六  原告るり子の損害

原告るり子は、同和久の入院中の付添看護による過労や心労のために通常出産が困難となり、その結果帝王切開による出産を余儀なくされたことを理由としてその固有の慰藉料を主張しているところ、原告るり子本人尋問の結果によれば、同原告は当時妊娠六カ月から七カ月にさしかかつた頃であり、他に小学校二年生の子供を抱えていたこともあつて、右付添看護による肉体的・精神的疲労度は相当強かつたこと本件事故後二週間程して静脈瘤が出現し、その後帝王切開による出産を余儀なくされたことなどの事実が認められるが、これらの事実のみでは右付添看護と帝王切開との間に因果関係を認めるに十分とはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、同原告の固有の慰藉料を認めることはできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、同原告の被告に対する請求は理由がない。

七  結論

以上の次第で、被告は原告和久に対し、自賠法三条により前記三の2ないし6の合計額から二割を減じた九六万七八五六円から四の三二万六九七〇円を控除し、これに五の弁護士費用を加えた七一万〇八八六円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年二月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、同原告の本訴請求はその限度で理由があるからこれを認容し、同原告その余の請求及び原告るり子の請求はいずれも失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につぎ同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田邉直樹)

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